なぜか、心はまだ痛いのだ。
もう、大丈夫だと思ったのに…。
ゆっくりと走っている電車の中で、彼女は前の座席の小さいテーブルを下ろして、パソコンを置いた。意味のわからない、恣意的な文字を書いて、自分の魂、いや、整理のつかない気持ちを描こうとしている。こういう風景は、そんなに不思議なものではないと思うが、今彼女が彷徨っているのは、北海道の広地であるから、何らかの奇妙な気分になってしまう。この電車は、南新千歳から函館へ向かう直行便であり、先ほど、日本の第一温泉地である登別を通過した。
温泉には入りたかった。でも、まあ、いいか。北海道というロマンチックな場所は、好意を寄せている人としか、全力で楽しもうという気持ちになれないだろう。旅行には結構の精力が必要である。複雑な乗り換えや観光地の人波による疲れだけではなく、はしゃいだり、落ち込んだりして、そういう気持ちの変化もあるので、余計疲れるのである。ただ、好きな人と一緒に行くなら、それはまた別物である。自然と、その相手と楽しく濃い思い出を残すために、一生懸命満喫したくなるのである。今の彼女は、そういうエネルギーの源となる相手がいないので、登別を乗り過ごしても平気なのである。彼女は、一緒に北海道を楽しむチャンスを将来の彼に残したいだろうね。一人で十分に楽しんでいたら、なんだか、将来の彼に申し訳ない気持ちになってしまうと、彼女は心の中で密かに考えている。
もちろん、このことは、隣の席に熟睡している親友に言うつもりはない。というよりも、言えないのである。
だって、友情で掘ったとも言える彼女の心の穴は、友情で埋められるわけがない。