世界から猫が消えたなら、この世界どう変化し、僕の人生はどう変わるだろうか。
世界から僕が消えたなら、このせかいはなにもかわらずに、いつもと同じようなあしたを迎えるのだろうか。
くだらない妄想だとあなたは思うかもしれない。
でもしんじてほしい、これからかくことは、僕に起きた、この七日間のできことだ。
とても不思議な七日間なった。
そしてまもなく、僕はしにます。
なぜこうなったのか、その理由について、これから書いていこうと思う。
きっと長い手紙になるだろう。
でも、最後まで付き合って欲しい。
そしてこれは、僕があなたに当てた 最初で最後の手紙になります。
そう、これは僕の遺書なのです。
月曜日 悪魔でやってきた
死ぬまでにしたいことは「10」もなかった。
昔みたい映画だ。
ヒロインは死のまで間際に、「10」のリストを作っていた。
でもあんなのは噓だ。
いや、噓だとは言わないが、少なくともそのリストに書くことなんて、きっと大したことじゃないはずだ。
え?なぜそう思うかって?
そりゃあさ、なんていうか。
まあ、僕も試してみたってことさ
恥ずかしいけど、その「10のリスト」をね。
あれは、七日間まえのできことだった。
ぼくはずいぶん長い風邪をこじらせたまま。
毎日郵便配達の仕事をしていた。
微熱がつづき、頭の右はじがじりじりと痛んでいた。
市販の薬でなんとかごまかしていたのだけれど、
ご存知の通り(とおり)僕は医者がだいきらいなんだ。
二週間がたち、いよいよ治らないので医者に行くことにした。
そしたら風邪じゃなかった。
脳腫瘍(のうしゅよう)。グレード4。
それがいしゃが僕に告げた診断だった。
余命は長くて半年
ともすれば一週間すら怪しいと言う。
放射線治療、抗がん剤治療、週末期医療
様々な選択肢を医者がていじする。
けれども、全く耳に入らない。
小さい頃、夏休みにプールに通って(かよって)いた。
青く冷たいプールに飛び込む
ざばん…ぶくぶく
体が沈む
「ちゃんと準備運動しなさい」
かあさんの声がする。
だが水の中でその声は、くぐもってよく聞こえない。
すっかり忘れていた「音の記憶」がよみがえってくる。
長い診察が終わった。
医者の言葉が途切れるや否や ぼくはカバンを床に落とし ふらふらとした足取りで病室を出た。
医者が呼び止める声も聞かず、僕は「あああー」と絶叫しながら病院を飛び出し通りすがりの人とぶつかり、倒れて、転げながらも立ち上がり、手足を情けなくバタつかせながら、走って、走って。
そしてはしのたともまでやってきた、もう動けなくなり、そして這いつくばり(はいつくばり)ながら嗚咽(おえつ)した。
と言うのは噓。
こんな時人は以外なほど落ち着いているものだ。
ぼくが真っ先におもったのは近所のマッサージ屋のスタンプカードがあと一個で無料サービス券と交換できたのにとか、トイレットペーパーと洗剤をまとめ買いたばかりなのにとか、そんなくだらないことだった。
しかし、しみじみと悲しさはやってくる。
僕はまだ三十歳だ。ジミヘンやバスキアより長生きだけれど、なんだかやり残したことがあるような気がする。
この世界のために僕にしか出来ないこときっとあるはずだ。
とは言え、そんなことは全く思いつかず呆然とあるいていると、駅までアコースティックキターを持った二人組の青年が声を張り上げて歌っていた。
いつか終わる人生、その最後の日が来るまでにやりたいことやってやってやりつくして、そうやって明日を迎えるんだ。
バカヤロー。
想像力がないってこう言うことか、一生駅前で歌ってろ。
どうしようもなく苛立ち(いらだち)ながら、でも圧倒的にどうしたらいいかわからない状態で、僕はずいぶん時間をかけてゆっくりとアパートに帰ってきた。
カンカンと音を立てながら階段を登り、薄っぺらいドアを開け、狭い部屋を見た時にようやく絶望が自分に追いついてきた。
文字通りお先真っ暗になって僕は倒れだ。
何時間経ったのだろうか。
僕は玄関で目を覚ました。
白と黒とグレーが混じりあった。
丸い塊(かたまり)が目に前にあった。
その塊が「みゃあ」と鳴く、焦点が合う、猫だ。
こいつは僕の愛猫(あいびょう)、もう四年も、僕と二人暮らしだ。
猫が側に寄ってくる、また「みゃあ」と心配そうに鳴く、とりあえずまた死んではいないようだ。
相変わらず熱はあるし、頭は痛い。病(やまい)は現実のようだ。
「初めまして!」
やたらと明るい声が部屋の中から聞こえてくる。
そこには僕がいた。
いや僕はここにいるので、正確に言うと僕の姿をした他人がいた。
ドッペルゲンガーと言う言葉がまず思い出された。
昔読んだ本に書いてあった、死の間際に現れる「もう一人の自分」だ。
ついに頭がおかしくなってしまったのか、
それとも、もうお迎えがきてしまったのか、僕は気が遠くなりそうになったが。
なんとか耐えて、今この目の前の状況に向き合うことにした。
「えっと…どちら様ですか?」
「どちら様だと思います?」
「うーんと…死神?」
「惜しい」
「おしい?」
「アタシ、悪魔です!」
「悪魔?」
「そう、悪魔です。」
「悪魔?」
「そう悪魔!」
「と言うことで、(やたらと軽く)悪魔が登場した」
「悪魔って見たことがありますか?」
僕はあります。
本物の悪魔は顔も黒くないし、尖った(とがった)しっぽもない、
槍なんて絶対に持っていない、悪魔は自分の姿をしているのです。
ドッペルゲンガーの正体は悪魔だったのだ!
簡単には受け入れがたい状況ではあったが、僕はとにかく目の前に現れた随分と陽気な悪魔をゆるやかに受け入れ行くことにした。
よく見ると、顔や体はまったく同じなのだが。
悪魔の服装は僕とかなり違う、僕は基本的に、白か黒の服しか着ない。黒いズボンに、白いシャツに、黒いカーディガン、そんなモノトーン男だ。
母さんには昔から「また同じような服買って」と怒られていたが。
いつも同じような服を手に取ってしまう。
それに引き換え、悪魔は派手だ。
ヤシの木からアメ車からが描かれた、黄色のアロハシャツにショートパンツ。
頭の上にはサングラスが乗っかている。
まだ外は随分寒いのに、思いっきり夏気分だ。僕は伝えようのないイライラを募(つの)らせていると、悪魔が語りはじめだ。
「で、どうすんですか?」
「あとちょっとでしょ。余命(よめい)」
「ええ、まあ」
「なにするんですか。」
「そうだなあ」
「とりあえず、’死ぬまでにしたい10のこと’を考えてみます」
「ってまさかあの映像の感じですか?」
「ええ、まあ」
「そー言う恥ずかしいの、やっちゃう感じ?」
「ダメですかねえ…?」
「いやあね。みなさんよくやりますよ。そういうの。」
「死ぬ前にやりたいこと全部やるぞ!みたいなやつ」
「誰もが一度は通る道です…」
「二度目はないんですけどっ!」
「悪魔はひとりで腹を抱えて笑っている」
「笑えないんですけど」
「あ、あ、そうっすよね。そりゃそうだ。」
「ものは試し、早速リストつくりましょ!」
「と言うことで、僕は白紙に」
「’死ぬまでにしたい10のこと’を書き出すことにした」
もうすぐ死ぬと言うのに 何をやっているのだろうか。
悲しくて、どうしようもなくバカバカしくて
書きながら頭が混乱しくて
それでも僕は、のぞき見してくる悪魔をかわしながら
そして愛猫に紙を何度か踏ん(ふん)づけられながら
(よの猫たちと同じく、うちの猫も紙系には目がない)
’しねまでにしたい10のこと’をなんとか書き上げだ。
[if !supportLists]1.[endif]ジェット機からスカイダイビング
[if !supportLists]2.[endif]エベレスト登頂
[if !supportLists]3.[endif]フェラーリでアウトバーンを疾走(しっそう)
[if !supportLists]4.[endif]満漢全席(まんかんぜんせき)
[if !supportLists]5.[endif]ガンダムに乗る
[if !supportLists]6.[endif]世界の中心で、愛を叫ぶ
[if !supportLists]7.[endif]ナウシカとデート
[if !supportLists]8.[endif]曲がり角でコーヒーを持った美女とぶつかり、そこから恋愛に発展
[if !supportLists]9.[endif]大雨の中雨宿り(あまやどり)をしていたら、かつて片想いしていた先輩に再会
[if !supportLists]10.[endif]恋がしたい…
「なんすがこれ」
「いや、まあ」
「中学生じゃないんだから!」
「こっちまで恥ずかしくなるよ!」
「すみません。」
情けない、悩んだ結果がこれだ。
心しか愛猫も呆れ(あきて)ているようで、寄ってこない。
落ち込んでいると、悪魔が僕の肩をばじばじを叩き(たたき)ながら言う
「うん…まあ、じゃ、とりあえずスカイダイビングから早速やってみましょ、貯金おろして空港へゴー!」
それで二時間後にはぼくはジェット機に乗って地上三千メートルのところにいた。
「じゃあ 行っちゃってください!」
悪魔の陽気(ようき)な掛け声に押され、僕は空から飛び降りた。
そう。これが僕の夢だった。
目の前に広がる青い空。荘厳(そうごん)な曇、無限に広がる地平線、大空から地球を見たとき、きっとぼくの価値観はひっくり返る。日常の些細なことを忘れて、この大地に生きている喜びを嚙み締められる。
そんなことを誰かが行っていた。でも、そんなことはなかった。
もう僕は飛び降りる前からうんざりしていた。
寒いし、高いし、怖い。
なんで人は好き好ん(このん)でこんなことやるんだ?
僕がこんなことがやりたかったのか?
飛び降りながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
そしてまた文字通り、お先に真っ暗(くら)になった。
次に気が付いた時には、部屋のベットで寝ていた。
「みゃあ」と言う猫の声でまた目を覚ます。体を起こすと、相変わらず頭がじりじりと痛い。やっぱり夢じゃないのか。
「ほんと勘弁してくださいよー。」
アロハが隣にはいた。(今後悪魔のことを心の中でこう呼ぶことにした。)
「ご迷惑をお掛けしました。」
「死んじゃうところでしたよ…」
「まあ、どうせもうすぐ死ぬんだけど!」
アロハがまだ一人で笑っている。
僕は黙ってねこを抱きしめ、暖かくして、柔らかい…フカフカとした感触。普段何気なく抱いていたけれど、こう言うのが命と言うのだと今は思う。
「しかし、死ぬまでにしたしことなんて大したことしてないですね」。
「そうすか?」
「少なくとも10個なんてないですよ。それにあったとしても、つまんないことなんですよ、きっと。」
「まあ、そんなもんかもしれないすね。」
「ところで、あなた。」
「あたしすか?」
「なんでここに来たんですか?と言うか何しに来たんですか?」
すると、アロハは不気味に笑った。
「それ聞いちゃいます?じゃあ、教えてあげましょうか。」
「ちょ、ちょっと待って!」
突然情が変わったアロハに思わず圧倒(あっとう)され、僕はたじろいだ。嫌な予感がする。これから危険な目にあう、ほんのうがそう叫んでいた。
「どうしました?」と、アロハが尋ねてくる。
僕はゆっくりと深呼吸(しんこきゅう)をして心を整え(ととのえ)た。
大丈夫、話を聞くだけならば、何の問題もないはずだ。
「いや、大丈夫です。教えてください。」
「実は…明日あなたは死にます。」
「え?」
「明日しねんです。あたしはそのことをあなたに伝えに来たんです。」
あまりにも驚き、僕は声を発することが出来なかった。その驚きの後を追うように、深い絶望がやってきた。全身の力が抜け、膝がカタカタと震えた。
そんな僕を見て、アロハは陽気に語り出す。
「ちょっと落ち込まないてくださいよ。あたしね、そんなあなたにビッグチャンスを用意してきたんですから。」
「ビッグチャンス?」
「あなた、このまま死にたいですか?」
「いや、行きたいですよ。行きられるものなら、ですけれど…」
間髪入れずにアロハは続ける。
「一つ方法がある。」
「方法?」
「魔法とでも言ますか、あなたの寿命を延ばすことができるんです。」
「本当ですか?」
「ただ一つ条件があります。つまり、この世界には守らなくてはならない原則があると言うことです。」
「と言うと?」
「何か得るためには、何か失わなくてはならない。」
「僕は何をすれば良いのですか?」
「特に難しい話ではありません。簡単な取引をしてもらうだけです。」
「取引?」
「この世界から一つだけ何かを消す。その代わりに、あなたの一日の命を得ることができる。」
にわかには信じられない話だった。いくら死の間際だとは言え、さすがの僕もそこまで頭がおかしくなってはいない。
まずもって何の権限で、このアロハがそんなことを許されているのだろうか。
「何の権限で?って思ってるでしょ?」
「え?いやいや。」
こいつ本当の悪魔なのか、人の心を見通せるのか?
「人の心なんで簡単に見通せますよ、一応悪魔ですから。」
「うーむ」
「時間もないですし、そろそろ信じてもらえないすかね?取引は本当なんですよ!」
「本当だったら、いいのですか?」
「じゃあ、あたしがこの取引に至ったいきさつを話しますね。まだ信じてくれないみたいだから。」そう言ってアロハは語りはじめる。
「創世記って、知ってます?」
「聖書の?知ってますけど、読んだことはないです。」
「そうっか?あれ読んでもらえると話し早いんですけど…」
「すみません。」
「まあ、でも時間短縮!説明してしまうと、神様は七日間でこの世界を作ったんですよ。」
「聞いたことあります、それ。」
「まず一日目。世界暗闇だったんですね。そこに神様が光を作って、昼と夜ができたわけ。で、二日目。神様は空に作り、三日目に地を作った。天地創造です。それて海が生まれて、植物が芽生え(めばえ)たと。」
「壮大ですね。」
「そう!それて四日目に太陽と月と星を作って宇宙誕生!更に五日目に魚と鳥、六日目に獣(けもの)と家畜、最後に神様は自分に似せた’人’を作ったわけです。ようやく人間登場です!」
「天地創造、宇宙誕生、そして人間登場ですね。それて七日目は?」
「七日目はお休み!神様もさすがにね。」
「日曜日ですね。」
「その通り。でもすごくないすか?七日間で全部やったわけですよ。神様すごいす、本当に尊敬!」
「尊敬とかそういうのを超えている対象な気がするが…」
つづきを聞いてみよう。
「で、最初に作った人間がアドムと言う男。だけど男だけじゃ寂しいだろうってことで、男の肋骨(あばらぼね)からイブと言う女を作ったんです。でもあんまりにもお二人さんがのんびりてるから、あたし、神様に持ちかけたんすよ。あのリンゴの実、たべるように嗾け(けしかけ)てもいいですかって。」
「リンゴの実?」
「ええ、’彼らは住んでいたエデンの園(その)ではね。何食べても何やってもよくて、しかも不老不死だったわけ。でもその二人が唯一やっちゃいけないことがあったんです。それが’善悪の知識の木’になっているリンゴの実を食べることだったんです。」
「なるほど。」
「でね、あたしがけしかけたら、お二人さん食べちゃったんすよ。」
「ひどい、さすが悪魔。」
「まあまあ、そんで、アドムとイブは楽園を追放されて、人間は不老不死ではなくなり、争いと奪い合いの途方(とほう)もない歴史が始まったと言うわけなんです。」
「悪魔だなあ」
「いやいや、それほどでも…そんで神様、途中で自分の息子さんイエスさんを地球に送り込んだりしたんだけど、それもなかなか人間の反省を促し(うながし)きれずにですね。挙句の果てにイエスさんを殺してしまうと言う…」
「そこらへんは、よく知っています。」
「そんで、その後も人間はどんどん勝手にいろんなものを作っていったわけですよ。いるかいらないか分からないものをそれこそ際限(さいげん)なくね。」
「なるほど」
「だからあたし提案したんすよ、神様に。地球に降りて、何がいるか、何がいらないか、人間に決めさせてもいいですかと。それでね、神様と約束したんですよ。人間が何が消したら、その代わりにそいつの寿命を一日伸ばしてやるって、その権利をもらったんです。それから色々探しているわけですよ。取引をする相手をね、今までも色々な人と取引をしてきました、ちなみにあなたは108番目です!」
「108番目?」
「そう!意外と少ないでしょう?世界でたった108人。あなたはとんでもなくラッキーなわけ!世界から何か一つを消すだけで、一日寿命が伸びるわけですからね。いいでしょう?」
あまりに唐突(とうとつ)でバカバカしい提案だった。まるで通販番組のキャンペーンのようだ。こんな簡単な取引で命を延ばしてもらえるはずがない。けれども、信じるか信じないかは別として、とにかく乗らない賭けではない。
どうせ死ぬんだ。僕に選択肢はない。